東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2215号 判決 1981年5月26日
控訴人
株式会社五菱
右代表者
平田久男
控訴人
平田久男
控訴人
新居岩夫
右三名訴訟代理人
越山康
被控訴人
株式会社武甲
右代表者
伊藤吉雄
右訴訟代理人
西垣義明
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
原判決は、建物明渡の点についても仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 控訴人らの主張
1 抗弁の補足
控訴会社が村木邦司(以下、村木という。)から本件建物を賃借してその引渡を受けた当時、右賃貸借は、他人の物を目的とするものであつたが、その後、村木は昭和四九年五月二一日本件建物の所有権移転登記を経由し、おそくとも右登記時において控訴会社の右賃借権は借家法一条により、その後の物権取得者に対抗しうるものとなつた。
2 後記二2の事実は認めるが、同3の事実は争う。
二 被控訴人の主張
1 前記1(抗弁の補足)の事実中、村木が昭和四九年五月二一日に本件建物の所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余は争う。
2 被控訴人の本件建物取得原因たる競落は、村木が大東信用金庫に対し設定した抵当権(昭和四九年五月二一日登記)の実行によるものである。
3 村木は、本件建物を田島建設株式会社から買受けたが、前記2の抵当権を設定して大東信用金庫から借入れた二〇〇〇万円をもつて、右売買代金を完済し、右抵当権設定登記の日に本件建物の所有権移転登記及び引渡を受けたものであつて、それ以前に、村木から控訴会社に対し本件建物を引渡すことはありえない。村木は、その後同年六月二〇日正栄産業株式会社を設立してその本店を本件建物に置き、昭和五一年五月一七日にも本件建物に同会社を債務者とする抵当権設定仮登記を経由しているから、すくなくともその頃まで村木において本件建物を使用占有していたことが明らかである。
三 証拠<省略>
理由
一被控訴人が、本件建物につき村木が債権者大東信用金庫のために設定した抵当権(昭和四九年五月二一日登記)の実行たる東京地方裁判所昭和五三年(ケ)第六六三号競売事件において昭和五四年四月九日競落許可決定を受け、同年一〇月六日代金を支払つてその所有権を取得したことは当事者間に争いがない。
二控訴人らは、控訴会社が本件建物につき右抵当権設定登記以前の昭和四九年四月三〇日に村木との間に賃貸借契約を締結し、同日その引渡を受けた旨主張するところ、現に控訴人らが本件建物を占有していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、既に昭和五一年頃には控訴人らにおいて本件建物を占有していたことが認められるけれども、以下に述べるとおり、右占有が控訴人主張のように前記抵当権設定登記のなされた昭和四九年五月二一日より以前に開始されたこと及び控訴会社と村木との間に締結された賃貸借契約に基づくことのいずれもこれを認めることができない。すなわち、右主張に副う証拠として、いずれも成立に争いのない乙第一号証(村木と控訴会社との間の昭和四九年四月三〇日付の本件建物の賃貸借契約書)、第二号証(右契約書記載の保証金、賃料前払金計八〇〇万円の仮領収書、同日付)、第三、第四号証(昭和五一年五月五日付の右金員領収証)及び原審証人奥崎兼味、当審における控訴人平田の各供述が存するので、これらにつき検討する。
原審証人奥崎は、控訴会社は、金融業者であるが、村木から金融機関から借入するまでのつなぎ融資を求められ、昭和四九年一月頃から同年三月頃にかけて約三回にわたり一三〇万円位の貸付をしたが、しかるべき担保がないので、控訴会社において本件建物を管理することとし、同年一月頃これに控訴会社の看板を掲げ、その従業員を入居させた。本件建物の増築工事は同月頃概ね完成していた。同年四月三〇日右債権回収の手段として、乙第一号証(奥崎がこれを筆記した。)を作成し、その記載のように本件建物の賃貸借保証金五〇〇万円、賃料六〇か月分の前払金三〇〇万円を控訴会社から村木に支払うべき旨定め、右支払債務は村木の控訴会社に対する前記貸金返還債務と対当額において相殺した旨供述する。
控訴人平田の当審における供述は、控訴会社は、村木に対しかねて相当額の貸金債権を有したが、昭和四九年三月頃さらに一〇〇〇万円の貸付を求められ、村木が既に買受けていた本件建物を担保にするよう求めたが、村木からこれに抵当権を設定して金融機関から借入をする予定であるとして拒まれたので、同月末頃乙第一号証を作成し、その際同号証掲記の保証金及び賃料前払金合計八〇〇万円を村木に支払い(相殺ではない。)、本件建物の引渡を受けて、控訴会社の従業員をこれに入居させた。その頃、控訴会社は本件建物の登記関係について調査したこともないし、右契約につき公正証書を作成したこともない。本件建物の増築工事は、同年三月頃概ね完成していたというのである。
控訴人平田の右供述は、それ自体前後矛盾する点が多く、右両名の供述は、乙第一号証の作成及び本件建物の引渡の時期や保証金・賃料前払金計八〇〇万円を村木に交付したか否か等重要な点で矛盾し、また、供述内容中、債権の存在や控訴会社従業員の入居時期についても裏付を欠き、そのうえ、その供述する貸付の経過は、金融業者の貸付としてかなり異例のものであるばかりでなく、控訴人平田の供述どおりの時期に控訴会社と村木との間に本件建物につき賃貸借契約の締結、引渡がなされたとすれば、その後に金融機関から抵当権設定のうえ借入をする村木は金融機関に対し重大な詐欺行為を犯すことになることに鑑み、右両名の供述はにわかに信をおき難いところである。
本件建物につき村木が所有権移転登記及び前記抵当権設定登記を経由したのが昭和四九年五月二一日であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、右抵当権の被担保債権元本額が二〇〇〇万円であること、村木の前所有者は田島建設株式会社であるが、同会社は以前本件建物に三個の抵当権を設定して金員を借入れており、それが完済されて右三個の抵当権設定登記がすべて抹消されたのが同年四月一五日であること、本件建物はもと木造瓦葺二階建の居宅で床面積一階45.55平方メートル、二階19.83平方メートルであつたが、昭和五〇年一一月八日増築の結果原判決別紙物件目録記載のとおりの構造、床面積のものとなり、同月二一日その旨の登記を経由したことが認められ、以上の事実によれば、村木が昭和四九年五月二一日に大東信用金庫から二〇〇〇万円を借入れて田島建設株式会社に本件建物の売買代金を完済し、同日その引渡を受け、その後に、前記の増築工事がなされたものと推認するのが相当であり、昭和四九年一月ないし三月頃に本件建物に右規模の増築工事がなされたと認めることはできないし、また、昭和四九年五月二一日以前に村木が控訴会社に本件建物を引渡し、控訴会社がこれに看板を掲げ、従業員を入居させることはありえないものといわなければならない。
ところで、乙第一号証には原判決別紙物件目録記載のとおりに本件建物の横造及び床面積が表示されていることがその記載から明らかであるが、村木や控訴会社が右増築工事完成以前に増築後の建物の床面積を正確に知りうると認めるべき証拠はないので、乙第一号証が前記両名の供述のように右増築前の昭和四九年三月あるいは四月に作成されることはありえないものといわざるを得ず、従つて、乙第二号証もその頃作成されたことはありえない。乙第三、第四号証については、その作成の動機を明らかにする証拠がないので、これら文書は、昭和四九年四月あるいはそれ以前にその記載の金員が授受あるいは決済されたことの証拠とならない。
さらに、前掲乙第一号証(賃貸借契約書)には、賃借人(控訴会社)は賃貸人(村木)の承諾を受けないで賃貸借の目的物の全部又は一部の転貸や増改築ができる旨の特約及び控訴会社は村木に対し右契約時に賃貸借保証金五〇〇万円を預託し、かつ、賃料六〇か月分・三〇〇万円を前払することとし、右各金員の授受を了した旨の記載があるが、これらはかなり異例の契約内容というべきである。
前掲甲第一号証によれば、村木は、昭和四九年五月二一日には本件建物につき前記所有権移転登記及び抵当権設定登記のほか、大東信用金庫のため停止条件付賃借権設定仮登記も経由したことが認められるのであり、それにも拘らず、村木が同日以前に控訴会社との間に本件建物の賃貸借契約を締結し、かつ、控訴会社に本件建物を引渡したうえ、右金庫に対し右のとおり担保に提供するほどの背信・違法の所為に及び、また、右金庫がこれを看過したとみることは困難である。
してみると、乙第一、第二号証は昭和四九年五月二一日より前に作成されたものでなく、乙第一ないし第四号証や原審証人奥崎兼味、当審における控訴人平田の各供述によつて同日以前に村木と控訴会社との間に本件建物の賃貸借契約が締結され、かつ、その引渡がなされたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。よつて、控訴会社はたとえ本件建物につき賃借権を有するとしても、その賃借権をもつて昭和四九年五月二一日登記にかかる抵当権者たる大東信用金庫ひいては競落人たる被控訴人に対抗することができないものであり、その他、控訴人らが右抵当権者、競落人(被控訴人)に対抗しうる占有権原を有することについての主張立証はない。
三原審証人伊藤達夫の証言によれば、本件建物の前記競売の競落価格は、二九五〇万円を下らないことが認められるので、本件建物の昭和五四年一〇月七日以降の賃料相当額は月二〇万円を下らないものとみることができる。
四したがつて、被控訴人の本訴請求はすべて正当として認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用し、原判決主文第一項中建物明渡の部分について同法一九六条一項により職権をもつて仮執行宣言を付するのを相当と認め、主文のとおり判決する。
(鈴木重信 倉田卓次 高山晨)